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2009年02月26日 (木) | Edit |
「チームが負けたのは、お前の責任や。俺は、お前を一発叩いておく!今日みたいな負け方は二度とないように今日のことを覚えとけ!」

と、バスケの試合終了後、コートの端、チームメイトの目の前で先生からの1発を受けた、その当時僕は14歳だった。

中学のバスケットボール部で先輩が引退した後、自分達の代になり僕が新キャプテンになった最初の公式試合。キャプテンである僕が5ファールで退場。チームはボロ負け、散々な結果だった。

自分勝手な手荒いプレーでチームのムードをぶち壊す・・・
チームプレーをする者としてはあってはならない行為。しかも、チームのムードメーカーであるはずのキャプテンならなおさらなわけだ。


中学生の時のバスケ部の顧問の先生は、元国体選手。練習はスパルタで有名だったが、僕はその先生を信頼して疑わなかった。身も心も未熟な僕は、バスケの技術以外にこの先生から多くのことを教えてもらい、この人間形成の過程において非常に貴重な時間をこの先生と過ごせたのは、僕にとって一生の財産となったと言える。


この時、「チームプレーとはどういうものなのか」を体をもって叩き込まれたのだ。


今もあの一発を忘れられない。バスケを始めたのは12歳。中学、高校、大学と学生時代はずっと部の主将を務めてきた。沢山の選手に囲まれ、色んなチームで戦ってきたが、その時の退場が最初で最後となった。


スポーツを通して、チーム意識を醸成することの意味・・・

今度は、僕が子供達に教えてあげる番が回ってきているのではないかとどこか使命感のような感覚が僕を突き動かそうとしている。

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ジャンル:スポーツ
2009年02月16日 (月) | Edit |
僕が人とコミュニケーションをとる際に、心がけていることの1つに・・・
 
エンターテイン:人を楽しませるということ。笑いの要素を取り入れること。
というのがあるんです。

その効果は絶大!!相手に虚勢させたり、余計な壁を作らせたりして、コミュニケーションの妨げになる弊害を予め取っ払う効果をもっていると思っています。
俗にいう「つかみ」というものでしょうか。

僕は、東京生活丸7年が経とうとしていますが、生まれも育ちも奈良。仕事中は、標準語ですが、やはりコテコテの関西人なんです。そのせいもあってなぜか「お笑い」には、変なポリシーというか負けん気があります(笑)

そんな僕が「コボちゃん」のある4コママンガと出会いました。

「この4コマのオチがわかる?」

って。友から見せられたんです。
「4コママンガぁ~楽勝でしょ(笑)」 「・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・^^;」

***

これは、松本人志のFMラジオ「松本人志の放送室」 でネタになったらしく・・・

松本人志 「一回見た時は 『?』 って思ったんやけど、2回見て『あ~、(納得の意味で)分かりにくっ!』って思って一緒にいた山下(しげのり)とほっしゃん。に見せたら、二人とも分からんかってん」と。
松本はその4コマをコピーしていろんな芸人仲間に見せたらしいのだがー
●意味が分かった人
松本人志(ダウンタウン)、今田耕司、宮迫博之(雨上がり決死隊)、木村祐一、遠藤章造(ココリコ)

●意味がわからなかった人
藤原光博(リットン調査団)、山崎邦正、山下しげのり(ジャリズム)、蛍原徹(雨上がり決死隊)、ほっしゃん。(元チュッパチャップス)、田中直樹(ココリコ)、高須光聖(放送作家)

松本が言うには・・・

「分からない奴は正直、グズグズな奴やんか。これがひょっとして売れる売れへんの境界線なんじゃないか・・・、と思うわけよ」と。

***

僕・・・わかりました。3回目で^^;
その時に居合わせた10人近くの仲間のそのほとんどが最後まで自力でオチがわからないようでした。別にわからないからって笑いのレベルがどうだってはかるものではないのはわかっているのですが、やっぱりわからないのは気持ちが悪そうでしたよ^^

皆さんどうですか?いい息抜きになりましたか???

テーマ:思ったこと・感じたこと
ジャンル:日記
2009年02月06日 (金) | Edit |
ビジネスシーンであえて、「立ち話」を使ったことってありますか?

僕は、毎年会社で年度末の今の時期に繁忙期をむかえます。この時期の僕の日々のTODOリストは、30分刻みに予定が入るのですが、その中で少しでも生産性を上げ、無駄を省き、スピーディーに仕事を進める秘訣がこの「立ち話」のようです。

・・・ようです。

っていうのは、つまりその「立ち話」の効用に気が付かず無意識に行動を起こしていたのでそれに気がつかなかったんです。昔から僕は、人の「行動特性」や「行動分析学」というものに非常に興味を持っているのですが、なかなか「自分」の行動特性に目を向ける機会ってなかったんですよね。

で、今日はある人と立ち話。1分ほど。終了後、こんな感覚が襲います。

「よし、この話は8割片付いたな・・・」

「あれ?」

「あー、今ので話がついたんや」


って。ふとこの「立ち話」の効用について気付かされたみたいなんです。

立ち話は1対1。時間は長くても5分といったところだろうか。話出すと立っていることもあり、用件説明は、相手の時間を取らせまいと短時間でポイントをおさえたシンプルでわかりやすい説明になる。さらに、話題の結論(落としどころ)を決めて話すので、受け側は、無意識に即答を求められる格好になる。その時の答えが「・・・の方向でいいんじゃない」なんて、濁した回答があっても、後々その両者の中では、それが明確な結論として脳がとらえてることが多い。実質、両者での承認行為となるわけだ。

何を言いたいかというと、会議室に居座ってキーマン以外の関係者複数人を交えての打合せで同じ結論を出そうとしたら、どれだけの労力が必要になるだろうかと思ったわけです。

仕事の段取りで、誰かに承認・確認などを求める際には、あえて「立ち話」っていうのはいかが?




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